習慣になるということ

たびたび書いている「3週間チャレンジ」のお話。
6月に、「1日1箇所、片付ける」という項目を掲げて、家や会社のどこかを片付けるということをやっていたのだけど、それに加えて、いつも溜めてしまいがちな、洗い物と洗濯物の片づけを必ずやってから寝る、という裏チャレンジをしていた(洗濯機を回して干すところまでは、平日は、毎朝うちのひとがやってくれる)。
最近、洗い物と洗濯物を片付けてから自由時間にしないと、気持ち悪いと思うようになってきた、ということに、さっき気が付いた。
あ、習慣になるってこういうことなんだ、と思った。何とか続いてる、という域を超えて、やらないと気持ち悪い、という領域に入るってこと。顔を洗ったり、歯磨きしたりするみたいに。
もっとも、何事も崩壊するのはあっという間。ここで油断は禁物。引き締めてかかれ。

■今日聴いた1枚

BLUE CLAPTONE ORIGINAL BLUES CLASSICS COVERED BY CLAPTON
エリック・クラプトン(在籍したグループを含む)がカバーしたブルースの原曲を集めた企画盤。今日はうちのひとの誕生日だったので、ちょっと奮発して「山崎12年」を買ってきた(自分は飲めない)。昔は27歳で死ぬと思ってた(ジャニス・ジョプリンジミ・ヘンドリックスやジム・モリソンのように)が、結局そうはならず、今や立派(?)なアラフォー。ブルースが何となくしみるようになってきた気もする今日この頃。

自分を取り戻した感じ

今週は久しぶりに小説を読みまくり、昨日もひたすら読書。今日は、投票へ行ったついでにウォーキングに出かけた。半年振りにしっかり歩くと、体力も心肺能力も随分落ちている。なぜか上腕三頭筋が痛い。またトレーニングやり直さないとなぁ、と思いながら帰って来た。
で、読書。自己啓発書もいろいろな気づきがあって、迷いがあるときなどは助けになってくれるし、読むのは好きだけど、小説も大好き。自分とは別の人(実在だったり架空だったり)の人生を追体験するのは楽しいし、発見もあるし、元気がもらえたりもする。マンガでもいいのだけど、絵を示されるより、書かれた文章から情景を思い浮かべる方が、わたしにとっては楽しい。

んで、読んだ記録をとっておこうと思って、メディアマーカー始めました。
mayukosanのバインダー - メディアマーカー

産婦人科

今日は午前中病院へ行き、午後から仕事。
で、午前中の話なんだけど
話の流れ上経緯を説明すると、今月初めに腹部の炎症を起こし、あまりの激痛に近所の病院へ救急で駆け込んだ(といっても、救急車は呼ばず、徒歩5分の距離をタクシーで行くというバブリーなことを)。で、そのまま入院。
症状が腹痛だったため、とりあえず消化器科で診ていただいたのだけど、実はわたしには婦人科の疾患があり、その病院には以前から時々お世話になっていた。ただ、ずっと症状もなかったので、すっかりご無沙汰していたのだが、結局原因は婦人科の方で、しかしながら、しばらく行ってない間に、産科はなくなり、婦人科も外来があるだけで、入院はできないという状況に。
幸い炎症は2日ほどでおさまってすぐに退院できたのだけど、今後のこともあるので、万一の時にはちゃんと入院できる病院を紹介していただいて、今日初めて行ってきた。
で、産婦人科。産科と婦人科で担当の先生は分かれていたりはしても、やっぱり「産婦人科」なので、お産の人と、婦人科の病がある人が、同じ待合で順番待ち。何度行ってもやっぱり、どうにも微妙な気分。もっとも、出産にあたって問題が発生して来られている方もいらっしゃるのだろうが。
以前お世話になった病院では、まだ産婦人科が健在だった頃にも入院して、手術も受けたのだけど、病棟の同じフロアで、病室が産科と婦人科に分かれていた。病室が違うとは言え、売店へ行くやら何やらで病室から出ると、やはりお産の人と顔を合わせることになるし、配膳車を目にすることもある。そうすると、産科は食事の内容も違うし、器も豪華だったりするのがうらやましくもあったし、出産の時が今まさに訪れようとしている人と、その願いが今まさに叶わなくなる、あるいはなるかもしれない人が、同じ場所にいるというのは、何だか過酷だな・・・と思った、そのことをつい思い出してしまう。できれば、そこは分けてもらえるとありがたい気がする。
で、そのような場所にいてもう一つ思うこと。望んでも子宝に恵まれない人や、無事に産まれてくることができなかった子ども(のお母さんになるはずだった人)を何人も見ていると、無事に子どもが産まれてくるってすばらしいことだとしみじみ思う。でも、その一方で、虐待されたり、パチンコ屋の駐車場で亡くなったりする子どもたちもいる。とても許しがたく、悲しいことだ。

■今日聴いた1枚

Divine Design/松岡英明
タイトル曲を何度もリピートで聴いた。美しいけれど悲しみに満ちた「神の計画」。

やればできる。

社内で、残業時間や経費削減のための啓蒙活動などを行う委員会のメンバーになっていて、今日はその会議の日。
各部署からメンバーが集まって、どんなことをやればよいかなどを議論するのだけど、残業も無駄なことも嫌いなわたしなので、いろいろ言いたいことがあり、発言数は多いほうだと思う。
そんな中、最初から最後まで一言も話さない人もいて、単に賛成だということなのかもしれないけれど、やっぱり会議は話し合う場なのだから、何か話そうよー、と思ってしまったり、言いたいことがあるなら言っておかなきゃ、という意識が働いてしまう。で、たまに、言い過ぎた気がしてちょっぴり後悔をする…。
でも、思ったこと、やってみたいことは、言わなければ実現しない!と思い直して、次の会議では何を言おう?と、懲りもせずに考えていたりもする。
「やればできる」という言葉が好き。「努力すれば報われる」という意味合いではない。「努力」という言葉は本当は好きではない(それをあらわす適切な言葉が他に思いつかないので使うけど)。「報われる」とは、何をもって報われると言うのか?という疑問もあるので、「努力すれば報われる」あるいは「努力したのに報われない」という言い方も好きではない。そうではなくて、「やってみればできるかもしれない、やらなければできる可能性はゼロだけど!」というスーパーポジティブな解釈で、「やればできる」を座右の銘としている。

■今日聴いた1枚

RADIO ETHIOPIA/Patti Smith Group
パティ・スミスは大好きであるが、ついつい「WAVE」か「Gone Again」を聴きたくなって、他のアルバムをあまり聴いていなかったので、たまには違うのを。

面倒くさいのは嫌い

周りの人からは、まめだとかきっちりしているとか言われることが多いが、実はものすごく、面倒くさがりである。
たとえば、職場で面倒くさいルールがあったとすると、

  1. とりあえず、どうにかならないのか訊いてみる
    大抵の場合、ルールだからみんなにそうしてもらっているので、ダメです、と言われる。
  2. 時間をかけて争うのも面倒くさいので、とりあえず言うとおりにする。
  3. そのかわり、そのルールを守るためにやるべきことを、最大限簡素化することを考える。


という行動パターンになる。
まめにやるのは、溜めると却って面倒くさいからで、きっちりやるのは、やり直すのが面倒くさいからで、プログラムをきれいに書こうと努力するのは、何度も同じコードを書くのも、後からややこしいコードを見直すのも面倒くさいからで、楽をするための努力は惜しまないのである。それが真の面倒くさがりというものである。

■今日聴いた1枚

魔物語/ケイト・ブッシュ
歌詞カードを読むのは怖いのでいつもチラ見…独特の妖怪ワールド(誉めてます)に時々ハマりたくなって、「深夜にひとりでケイト・ブッシュ祭り」を開催することもしばしば。わたしも妖怪かー。

常識問題

常識というのは、辞書によれば「一般の社会人が共通にもつ、またもつべき普通の知識・意見や判断力」のことであるが、平たく言えば「ふつーこれぐらい知ってるだろ」ということであって、その判断は個人の主観に大いに左右されてしまう、ような気がする。
最近、仕事をしていて、過去の作業内容や経験年数からして、当然知っているだろうと思って後輩に指示したところ、相手が実は全然知らなかったり、理解していなかったり、ということが立て続けに起きて、知らない間に、自分の中で勝手にハードル上げちゃってたのかもしれない、と反省。
忙しさにかまけて、コミュニケーションも足りていなかったんだと思う。きちんと話をしていれば、相手の理解度はそれなりに分かるはずだし、そもそも、コミュニケーションなくして、「共通にもつ知識や意見」など、ありえない。

■今日聴いた1枚

ラーク/リンダ・ルイス
帯によれば、「70年代、文字通りラーク(ひばり)のような美しいハイ・トーン・ヴォイスで絶大な人気を博した」という。うちのひとが、友人からもらってきて、わたしはそれまで知らなかったのだが、結局うちのひとはちっとも聴いていなくて、わたしばかりが聴いている。毎日聴くのはどうかな?という感じだけど、時々無性に聴きたくなる感じ。

とにかく走る、それを続ける(歩いてもいい)

世界陸上の女子マラソンをテレビで観戦。日本代表は、銀メダルの尾崎選手を筆頭に、全員が完走でよかった。
以前は、マラソンなど全く興味がなかったのだが、うちのひと(ほぼ毎日走っている人)が「大阪国際女子マラソンを観に行きたい」と言いだして、まぁ近所だしってことで観に行った。ヒトが42キロも走るという事実を目の当たりにして、いたく感動してしまい、かといって、自分も走ろう、とはすぐにはならなかったのだが、その後大阪の世界陸上も含め、大阪でマラソンがある時は、観にいくようになった。
そのうち、気軽にウォーキングから始めればよいということや、走り始めても、まずは1キロ8分を目指せばよいし、それより遅くても、途中で歩いてもぜんぜん問題ないということ(高校時代にやらされた1000メートル走が1キロ4分ペースぐらいで、それで5キロとか10キロとか、ありえないと思っていた)を知ったのと、auの携帯サイト「Run&Walk」をたまたま発見して便利そうだったこと(実際便利だ)、体脂肪率の増加(30%を超える勢いだった)が気になってしょうがなかったこと、など、様々な条件が重なって、書店で「金哲彦のランニング・メソッド」なる本を買ってきた。サブタイトルの「羽が生えたように動きが軽くなる!」につられて。で、昨年の3月から、通勤時と、週末にちょっと長めのウォーキングを始めた。
結局、1年ぐらい続けて、1キロ9分ペースというありえない遅さとはいえ、10キロまでなら止まらずにいけるようになり、体重5キロ、体脂肪率も7%ぐらい下がったのだが、体調不良や天候不順が重なったりして、何となくやらなくなってしまった。以前、3週間チャレンジの話を書いたけど、定着させるのは大変だけど、崩壊するのはあっという間だ。
久しぶりにマラソンを見たら、なんだかそのことを思い出して、せっかく1年頑張れたのにもったいないなぁ、という気がしてきて、来週から再開しようかな、と思い始めている。でも、半年開いたから、ウォーキングからやり直しかな。
とりあえず、「金哲彦のランニング・メソッド」を引っ張り出してきて復習中。

■今日聴いた1枚

ダージ/ミスター・シリウス
日本のプログレッシブ・ロックの中で(というほど聴いていたわけではないが)一番好きな作品。大木理紗さんの豊かで美しいヴォーカルはいつ聴いてもすばらしい。とりわけ、6部構成で21分を超える大作「ナイルの虹」が一番のお気に入り。